内科医師の立場から、現在の医療問題について考えるブログです。 あくまで現場からの気持ちを大事にしたいと思います。


となりのクレーマー
最近,「となりのクレーマー」という新書を読んだ。
著者は百貨店のお客様相談室の室長であり,
様々なクレームにまつわる話を実体験を元に書かれており,
興味をもって読むことが出来た。

著者は百貨店を退職後,歯科医院でのクレーム相談にも携わっているが,
その中で,医療従事者のクレーム対応能力の低さを指摘している。

店舗や会社なら,それは少なくとも「組織」であり,
クレームに対して多数の意見を元に対処できるが,
医院の場合,クレームの対応責任者は院長である医師に任されることが多い。
そして,その院長がクレームを自分ひとりで抱え込む傾向があるようだ。

近年,クレーム社会になる事によって,
いままでクレームに対峙する事の少なかった職種ー医療従事者,学校関係者ーなどが,
クレームにさらされる事になり,精神的苦痛を抱え込む事が多くなっている。


医療も,百貨店のように,「患者=お客様」の関係にならざるを得ないのだろうか。



米国の医療界は,既に「患者=消費者」,「医師=提供者」となっているようだ。

患者は医療というサービスを受けるために病院を受診する。
医師はその報酬を元に医療を提供する。
医療の質に応じた値段がつけられる。
そして,それを払うお金の無いものは,満足な医療サービスを受ける権利が無い。

そして,救急外来は,貧しい人たちであふれかえる。

救急外来で放置され,死んでゆく,
事実そんな事件が起こっている。
それが最先端医療技術を提供する米国の医療の現実だ。


果たして,日本の医療界もそこまで成れ果ててしまうであろうか。

日本古来の風習は良くも悪くも,そんなにすぐには消えてはいないと,
私は考えている。
他人を自分の事のように考え,助ける,互助の精神はまだ残っていると考えたい。

そして,それは勿論,医療従事者にも求められている精神でもある。

医療界で働くすべての人は,初心として,人の命を助けたいという想いから,
医療を目指したのではないだろうか?
きっと,お金や名誉ではなかった
と,私は思う。


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医事紛争1
1999年を境に,新聞で医療事故という言葉が急増したようです。

それは,すなわち社会的に認知されるようになったという事。

今まで,闇の葬られてきた,医療に伴う事故が公になるようになり,
それに伴って医療訴訟も増加の一途を辿っています。


最近様々な分野でいわゆる「クレーマー」が増えているようですが,
病院関係でもそれは同じ事。

飲食・販売業などお客様相手の職種では,そのような苦情に対応するのに
たくさんのノウハウが蓄積されていますが,
医療界−普通の病院−には,クレーマーに対応する
「お客様相談室」
なるものは基本的に存在しません。

医療の世界では,クレームに対する免疫が非常に少ないと思います。
患者からのクレームでうつ病になる事務員もいるようです。

個人主張が強くなった現代日本社会では,
その強い個人主張に対抗するための対策が大事になってきています。

互助精神のあった古来の日本を懐かしんでいても仕方がありませんので,
それなりの対応を考えていかなければなりません。



自身について
遅ればせながら,私自身の自己紹介をしたいと思います。
私は,京都在住の内科医師です。専門は呼吸器内科であり,大阪府の約800床規模の病院に勤務しています。

日常診療では,喘息やCOPD,肺癌の患者さんを診る機会が多いのですが,
この分野でも,いろいろな医療問題を孕んでいるのを日々感じながら診療に当たっています。

肺癌は今尚決定的な治療法がなく,多くの患者さんが亡くなるのを見届けるしかない事が多い。
癌が進行し,化学療法の適応がなくなった患者さんの処遇をどうするのか?
DPC導入により,いつまでも病院にいることもできず,退院を促すが,
肝心の自宅は老老介護で,事実上つれて帰ることは出来ず,
かといって,ホスピスはいつでも満床。
癌患者の医療難民化も切実な問題です。
人生の最後の時間を,暖かなターミナルケアで過ごさせてあげたいと思うのは幻想であろうか。
そう思わざるを得ない現実が今の医療現場にはあります。

他にも,喫煙による社会資源の浪費。超高齢者の胃瘻造設。間質性肺炎などの難病患者の肺移植…
など,様々な問題があります。

それらについても,折を見てこのブログで考えていきたいと思います。

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